2010年10月22日

一乗寺で見た庶民の札打ち その情熱

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法華山一乗寺といえば西国三十三ヶ所の札所としても有名。加西市というロケーションは、私にとっては高校時代、小野から歩いて遠足に出かけた思い出があります。(旧制中学を前身とする少人数の高校だったから、そんな金のかからない文字通りの遠足をやってたんですねえ。今はどうなんでしょうか)
境内で円陣になってバレーボールをした記憶があるのだけれど、今では参詣客もふえ、きれいに整備されているから、ちょっと記憶が結び付きません。
でも、見上げるばかりの石段や、木々の中にしっとりと立つ多宝塔の優雅な屋根の重なりは、少しも変わってはいません。
古刹のたたずまいやお参りした人の記憶は変わることなく残るのに、寺のありかた、接しかたは、時代とともに変わるんですね。
その一例が、これ。
本堂の天井に、びっしり打たれた、手裏剣のような板、板、板。これはなあに?
聞けば、参拝客が、お参りした証に残していった札なのだとか。
「西国三十三所も、札所、札を打つ、って言うでしょう?」
とはご住職。
えっ、それって、記念に残す千社札みたいなもの?
「ハハア、寺としては、勝手に貼られて困るんですが、昔は小うるさく言わんかったんでしょうなあ」
とは、なんと寛大な。
交通機関も今ほど発達しておらず、奥深いこんな山の中まで参詣に来たその心がけに免じ、こだわることなく庶民の思いを受け入れた、それがこの天井の札打ちの跡なんですね。だって庶民にとってはここまでお参りするのは、何ヶ月も前から楽しみにした一大イベントだったでしょう。やっとおまいりできましたと、その感慨を刻んで残していきたかったのですね。気持ち、わかりますよね。
そういえば少し前、バチカンのサンピエトロ寺院に落書きした日本人学生に謝罪させろしないので大騒ぎになったことがありましたね。寺院側では、いいよいいよと、泣いて謝る学生を笑って抱擁していたシーンが印象的でした。あれも同じ。本物の神やほとけは、庶民のどんな愚かな行為も赦して受け入れる、そういうおおらかなものであるのに違いありません。
寺院をそうした無知な庶民の祈りの場としてとらえないで、文化財として眺める現代人からすれば、落書きだなんてとんでもなくて、保護という立場からうるさくなっているのでしょうね。
だけどご住職のおっしゃるように、昔は、ありがたい寺院というのは、触れて、拝んで、ひざまずく、そういう密接な存在だったに違いありません。
事実、数えきれないお参りの人が墨で残していったこれら記念の落書きだって、数百年の時を経てみるて、すっかり溶けこみ、落書きだなんて思えなくなっています。
神もほとけも悠久の時の中にあり、ほんとにおおらかだった時代の名残。ぜひ一乗寺では、天井も見てくださいね。









posted by 玉岡かおる at 16:59 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月03日

雨の廣峯神社 パワースポットは温かだった

 さて第一回目の現地取材は、兵庫県姫路市にある「廣峯神社」。お天気女の私には珍しく、この日は朝から雨。
 ただありがたいことに、廣峯神社に上がると雨がやみ、雲が切れ、一時的にさしそめる西日に眺めも開け、姫路城がはるか眼下に輝いています。なんか、これって神かがり的っていうか、神秘的っていうか……。

 でもこの廣峯山神社がある白幣山は、昔から、そういう人知を越えた、一種、神懸かり的な霊山として瀬戸内を航行する人々の目に留まっていたようです。

 西暦元年というような上代、神話に登場するあのスサノオノミコトもこちらの山においでになったとか。なるほど、ヤマタノオロチ退治に赴くなら、ここ姫路を通過し山陰道に入るのが古代からのルートでした。
 
 さらに大仏建立で知られる聖武天皇の時代、遣唐使として大陸に二度おもむき、二度とも無事に帰国した吉備真備が、晴れて大和へ帰る道も、この瀬戸内でした。
 海からは姫路の方角にこの山が見えたのでしょうね。霊気ただならぬ山、ということで、さっそく山頂に社殿をまつられたのだそうです。
 これが奥の院にある吉備神社。
 
 ところでこの吉備真備がもろこしで学んで持ち帰ったのが「陰陽道」です。
 私もかつてハマったので詳しいんですが、陰陽道というと阿倍野晴明に代表される呪術を連想しますよね。でも実はこれ、星の運行から暦を割り出すれっきとした天文学。
 そして当時の人は天文から読んだ暦で何を知りたかったかというと、田植えの時期や建築の方角、めでたいこと弔いことをするのに適した日時など、生活の中のすべての指針として役立てていたのでした。

 実際、この廣峯神社では今も、豊穣を願う御田植祭や収穫を祝う御柱祭が行われています。
 おもしろいのは、各村々から、方策の御礼にその年とれた※を丑の背中に引かせて奉納する行事が今も縁面と続いているのだそうですが、牛が社殿の前に到着するまでに皆が米俵を襲い、破って、※は手づかみで奪われていくのだそう。
 そんな乱暴狼藉、許していいんですかと宮司さんに尋ねると、これがまあ、あっけらかんと寛大に、
「これが実に理にかなったことなんですよ。なぜなら、神様に奉納する米だから、みんな、いちばんすぐれた米を運んできますよね。ということは、これを籾種としてもらって帰れば、これと同じすぐれた米を作ることができるわけです。民衆は、賢いですねえ」
 ですと。
 なるほど、祭の場は、種族繁栄のため、豊穣のため、民衆にっとっては切実な願いの場だったんですね。
 そしてそれを許してしまう神様の、なんと寛大でおおらかなこと。米を奪い合うなんてお行儀悪いことしちゃぃけません、……なんて器の小さなことはおっしゃらないのです。

 さて、本殿の魔には、木で組んだ小さな囲いが。これなあに? 
 尋ねると、これが当今はやりのパワースポットなんだとか。
 試しに手をかざしてみると、霊感なんてまったくない私でも、なにやら温かな気を感じます。
 およよ、これって、なんか暖めてあるんですか〜? 思わず訊きそうになりましたが、神様はそんなインチキはないのです。ほんと、ふしぎ、ふしぎの廣峯でした。






posted by 玉岡かおる at 15:04 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月01日

東大寺×生田神社 神仏融合を語る 

 ということで、第一回の放送は、仏教界、神道界、それぞれ代表を送り込んでいただき、神仏融合について語っていただくことになりました。

 仏教からは奈良・東大寺別当の北河原公敬さん。
 対する神道からは神戸・生田神社宮司の加藤隆久さん。
 いや〜、こんなビッグな顔ぶれのそろい踏み、めったとありませんよ。

 しかし、現在もなお、儀式の細部で仏教と神道は切り離しがたく融合しているとのこと。
 たとえば奈良東大寺では、春を呼ぶ行事として有名な「お水取り」の中で、読み上げるお経の中には、「神名記」という、神様の名前を三千柱以上連ねたものもあるのだとか。
「明治の神仏分離令の時、これを排除すべきかどうか、先人たち迷うところだったでしょう。しかし、法令だからといって、数千年続いてきたものをばっさり捨てるにしのびなかった、そんなところではなかったでしょうか。それゆえ、現代を生きる我々も、よくぞ伝統を残してくださったと感じ入りながら日本の神々の名前を読み上げるのです」
 なるほど、儀式の中にしっかり解け合い根付いたものを、そこだけ取り除くと全体の意味をなさなくなるわけですね。
 特に、季節がめぐり、命がめぐる輪廻を皮膚感覚でとらえていた日本人にとって、春を呼ぶこの儀式に、仏さまだけ登場しても、森羅万象、すべてにゆきわたる春を実感できなかったに違いありません。
 方や、加藤さんのお話によれば、
「日本人というのは、日本古来の神も、外国から来たほとけさまも、ありがたいものはみんな受け入れ、心のよりどころとして拝ませてもらおう、という寛容性を持った民族なんですね。こんなのどかで平和的な国民性、世界中のどこを探してもありませんよ。ごらんなさい、中東ではずっと宗教で対立している。N.Y.同時多発テロ、あれも宗教のぶつかりあいでしょう。」
 たしかに、世界中のあちこちで長引いている戦争は、自分の信じる神と違う神は徹底的に叩きつぶそう、という考えから起きています。異教徒、なんていう言葉は、はっきり自分の神と他者の神を分けるものですものね。
 ああ、ほんと、そう考えると、自分の神様もあなたの神様も、みんな神様! って平和にやっていけるのは日本人だけかもしれません。
 ろいうことで、神社とお寺が、もとのかたちにもどって、日本人のこのよき国民性をとりもどそうとあらたに手を結んだのが平成12年。「神仏霊場巡拝の旅」なる札所が制定されました。
「今は150の社寺がリストに名を連ねています。伊勢神宮、教王護国寺(東寺です)、金剛峰寺(高野山ですね)、清水寺(言わずと知れた)、智積院、賀茂御祖神社(下鴨神社)、放流し、平等院、四天王寺、鹿苑寺(金閣寺)など、豪華絢爛たる顔ぶれ!!
 しかも、巡拝すると、ご朱印が押してもらえ、全部回って満願すれば「満願之証」もいただける。
 驚くべきことに、すでに150人の方々が、満願したそう。
 すごいね、日本人。
 でも、スタンプラリーじゃないのだし、早いばかりがいいんじゃない。回からは実際に、自分の足で寺社をめぐって、神仏融合の事実をたしかめて来ましょう。





posted by 玉岡かおる at 13:33 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





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