2010年08月28日

140年の時を越えて

 廃仏稀釈、神仏分離令。
 そんな、政治の力をもって、日本人が長く守ってきた「神もほとけも」ありがたいものを一緒に拝む、という素朴な信仰のやりかたが大きく変えられたのは明治の始めのことでした。

 欧米諸国に早く追いつき追い越せと「近代化」だけをいちばんの目標にしてきた明治政府にとっては、純朴で愚直な日本古来の信仰が愚かに見えたのでしょうか。キリスト教という、欧米列強がひっさげてきた一神教のスマートさに比べると、たしかに非科学的で泥臭く思えたのかも知れませんね。
 また、それまで江戸幕府の為政下でお寺が特別な役割を果たしてきたことも、新政府にとっては、変えてしまいたい動機になったかも知れません。なにしろそれまでは、寺社奉行、という正規の役所があるように、寺は民衆の中に根を下ろした末端の政治機関であったともいえるほどの存在でした。国民すべてをどこかの寺に所属させ、戸籍代わりに掌握すると同時に、日頃の生活一般までも監督の目が行き届くシステムとして「仏教」の教えを利用してきたのですから。
 そりゃあ、維新という革命をなしとげた人々にしてみれば、こんなシステムこそ、変えたいでしょう。
 天皇の親政ということになって、本来、神道をつかさどるべき天皇をもっと上に位置づけたいとの狙いもあったでしょうし。
 そんなもろもろの企みの下、一千年意助続いた「神もほとけも一緒に」まつる日本スタイルは無理矢理、ひきはがされたのでした。それが廃仏毀釈。神仏分離令でした。

 それから140年。 21世紀を迎え、それは違うかもしれない、と気が付きだした人々がいるのは当然ですね。
 もともと信仰する人は日本人。日本古来のこころが千年のうちに作ったものを、政治の力でどうこうするのは不自然なのです。
 とはいえ、一度強力な政治の法令によって神は神、仏は仏、と分離させてしまったものをもとにもどすのは大変なこと。今の時代、そうした心の在り方を、ふたたび政治の力で一緒にするのは愚かですし。

 そこで、民間の手で、それも、お寺や神社の側で、もとの自然なスタイルにもどそうという動きが出てきたわけです。
 もっか、150社寺を中心に、「神もほとけも一緒に」拝んでくださっていいのですよというネットワーク「神仏霊場会」ができて、お参りの際にご朱印を授けてくださるなど、積極的な動きができています。

 今回、私がラジオ関西で始めさせていただく「玉岡かおるの 神仏融合 巡拝の旅」は、そんな社寺をめぐる旅です。
 わたしたちの先祖は、どんなふうに神やほとけを心に位置づけ、どうやってめぐりあう旅を重ねたのか。
 私も毎回、境内に足を運んでご住職や神主さんにお話しを聞きます。
 ぜひ皆さんも、一緒に旅してみませんか?

 慌ただしく世知辛い日常が、そのひとときだけでも洗われて、こころ静かな時間を取り戻せます。
 また、釘ひとつ用いない日本人の繊細で大胆な建築や、こまやかな感性による工芸品、胸を打つ美術品など、見るだけ向き合うだけで目を見張らせてくれます。
 そして、昔、それら「神やほとけ」に一心に祈り、心の平安を求めて願った伝説のあの人、この人のエピソードにふれる時、歴史上のすごいその人が、以外に自分に似ているように思われ、ぐっと近しく感じられ、その人と友にまた明日生きていく気がしてきて楽しくなります。

 ラジオのオン・エアを聞けない地域の人のためにも、わたくし玉岡かおる、ここのブログでがんばりますので、私といっしょに旅にでかけましょう。












posted by 玉岡かおる at 12:03 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。