2010年09月03日

雨の廣峯神社 パワースポットは温かだった

 さて第一回目の現地取材は、兵庫県姫路市にある「廣峯神社」。お天気女の私には珍しく、この日は朝から雨。
 ただありがたいことに、廣峯神社に上がると雨がやみ、雲が切れ、一時的にさしそめる西日に眺めも開け、姫路城がはるか眼下に輝いています。なんか、これって神かがり的っていうか、神秘的っていうか……。

 でもこの廣峯山神社がある白幣山は、昔から、そういう人知を越えた、一種、神懸かり的な霊山として瀬戸内を航行する人々の目に留まっていたようです。

 西暦元年というような上代、神話に登場するあのスサノオノミコトもこちらの山においでになったとか。なるほど、ヤマタノオロチ退治に赴くなら、ここ姫路を通過し山陰道に入るのが古代からのルートでした。
 
 さらに大仏建立で知られる聖武天皇の時代、遣唐使として大陸に二度おもむき、二度とも無事に帰国した吉備真備が、晴れて大和へ帰る道も、この瀬戸内でした。
 海からは姫路の方角にこの山が見えたのでしょうね。霊気ただならぬ山、ということで、さっそく山頂に社殿をまつられたのだそうです。
 これが奥の院にある吉備神社。
 
 ところでこの吉備真備がもろこしで学んで持ち帰ったのが「陰陽道」です。
 私もかつてハマったので詳しいんですが、陰陽道というと阿倍野晴明に代表される呪術を連想しますよね。でも実はこれ、星の運行から暦を割り出すれっきとした天文学。
 そして当時の人は天文から読んだ暦で何を知りたかったかというと、田植えの時期や建築の方角、めでたいこと弔いことをするのに適した日時など、生活の中のすべての指針として役立てていたのでした。

 実際、この廣峯神社では今も、豊穣を願う御田植祭や収穫を祝う御柱祭が行われています。
 おもしろいのは、各村々から、方策の御礼にその年とれた※を丑の背中に引かせて奉納する行事が今も縁面と続いているのだそうですが、牛が社殿の前に到着するまでに皆が米俵を襲い、破って、※は手づかみで奪われていくのだそう。
 そんな乱暴狼藉、許していいんですかと宮司さんに尋ねると、これがまあ、あっけらかんと寛大に、
「これが実に理にかなったことなんですよ。なぜなら、神様に奉納する米だから、みんな、いちばんすぐれた米を運んできますよね。ということは、これを籾種としてもらって帰れば、これと同じすぐれた米を作ることができるわけです。民衆は、賢いですねえ」
 ですと。
 なるほど、祭の場は、種族繁栄のため、豊穣のため、民衆にっとっては切実な願いの場だったんですね。
 そしてそれを許してしまう神様の、なんと寛大でおおらかなこと。米を奪い合うなんてお行儀悪いことしちゃぃけません、……なんて器の小さなことはおっしゃらないのです。

 さて、本殿の魔には、木で組んだ小さな囲いが。これなあに? 
 尋ねると、これが当今はやりのパワースポットなんだとか。
 試しに手をかざしてみると、霊感なんてまったくない私でも、なにやら温かな気を感じます。
 およよ、これって、なんか暖めてあるんですか〜? 思わず訊きそうになりましたが、神様はそんなインチキはないのです。ほんと、ふしぎ、ふしぎの廣峯でした。












posted by 玉岡かおる at 15:04 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする





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